東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11654号 判決 1968年8月03日
原告
森岡豊
ほか一名
被告
株式会社千代田プレス工業所
ほか一名
主文
被告らは各自原告森岡豊に対し、六七四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年一二月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。
原告森岡豊のその余の請求および原告森岡きみの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを六分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
この判決の第一項は、仮りに執行することができる。
事実
一、当事者の求める裁判
原告ら―「被告らは各自原告森岡豊に対し三、五一七、八〇〇円、原告森岡きみに対し五〇万円およびこれらに対する昭和四一年一二月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言
被告ら―「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
二、原告らの請求原因
(一) 交通事故の発生と原告森岡豊の受傷
昭和四〇年一〇月八日午後五時過頃、東京都大田区堤方町六九五番地先道路上において、原告森岡豊が自動二輪車(以下原告車という。)を運転して大森方面から池上方面に進行中、折柄同所を池上方面から大森方面に向けて進行し、進行方向右側のガソリンスタンドに入ろうとして横断中の被告福田運転の自動車(品川ふ六三一七号、以下被告車という。)と衝突し、よつて同原告は右足壊孔兼化膿創、右下腿骨折の傷害をうけた。
(二) 被告株式会社千代田プレス工業所(以下被告会社という。)の地位
被告会社は被告車を所有し、被告福田を従業員としてこれを自己のため運行の用に供するものである。
(三) 被告福田の過失
当時被告福田は通路を右に横断してガソリンスタンドに入ろうとしたものであるところ、かかる横断行為は、左方から進来する車両の進路を妨害遮断することになるのであるから、横断完了まで左方から進来する車両に充分配意しながら徐行する等事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、相当の速度で斜に漫然横断しようとした過失により、被告車の前面で原告車に搭乗していた原告森岡豊の右踵附近を強打し、数メートルはねとばしたものである。
(四) 原告らの蒙つた損害
(1) 原告森岡豊の損害(合計三、五一七、八〇〇円)
(イ) 休業によるもの 九四、八〇〇円
勤怠差引額七、九〇〇円として一二か月分
(ロ) 労働能力減少による将来の収入減 一、四二三、〇〇〇円
同原告は昭和二二年一二月一九日生れで、本件事故発生当時日収六三二円(月収一五、八〇〇円を実働日数二五で除する)を得ていたものであるが、本件受傷により右足を切断するのやむなきに至り、その労働能力四五パーセントを喪失したので実働可能年数四七・〇七年間にわたり右率の収入を失う筋合であるから、これを年五分の法定利率による中間利息を控除した現価
(ハ) 慰藉料 二〇〇万円
同原告は本件受傷加療のため入院一二か月に及び、そのうえ右足切断を余儀なくされ、不具者となつたもので、この間と将来にわたる精神的苦痛は甚大で、これが慰藉料。
(2) 原告森岡きみの損害(慰藉料五〇万円)
原告森岡きみは、原告豊の母であるが、原告豊の加療中、その実父は死亡したため、原告きみが看護に専念したものの、結局肉親が不具となつたもので、加療看護中の苦痛と将来にわたる精神的苦痛とは深甚で、これが慰藉料としては右額が相当である。
三、請求原因に対する被告らの答弁および抗弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中、被告会社が被告車を所有し、被告福田がその従業員であることは認める。同(三)の事実中、当時被告福田が道路を右に横断してガソリンスタンドに入ろうとしたことは認めるが、その余は否認する。
(二) 免責および無過失の主張
被告福田は大森方面にむかつて運転進行中、右側の通称堤方給油所塚田商店に注油のため右に横断しようとし、あらかじめ道路の中央によりかつ徐行後センターラインと平行の位置に一旦停止し、横断の合図をしながら、約三〇〇メートルにわたつて連続し、停止と緩行をくりかえしている対向車の列の途切れるのを待つていたところ、折柄進来した対向車のうち、停止し被告福田の横断のために進路を避譲するものがあり、前車との車間距離が優に横断しうる程度に広開したので、被告福田は徐行運転して僅かに進行し、さらに一時停止し、左右の安全を確かめたうえ、まさに発進しようとした際停止中の被告車に相当の速度で左方から進来した原告車が衝突したもので、本件事故は側方数一〇〇メートルにわたり停止中の車列があるのであるから、横断する歩行者や車両の進出を予期し、前方を注視するのは勿論、徐行し、もつてこれらとの接触事故等の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた原告の過失に因るものである。そして被告車は購入後六月を経過しただけで、構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのに、当時原告車は前輪の手動ブレーキが故障し、かつ付け替えによつてハンドルが短かくなり機能の障害のあるものであつた。
(三) 過失相殺の主張
仮りに右免責または無過失の主張が認められないとしても前記のとおり本件事故発生につき原告にも過失がある。
(四) 弁済等の主張
被告らは本件事故に関し、左記金額合計八四三、一〇五円を支出した。
(1) 中里医院入院治療費 四八六、一〇五円
(2) 右附添費 一八八、〇〇〇円
(3) 太田医院附添費 三八、〇〇〇円
(4) 義足代 五万円
(5) 見舞金、交通費 四五、〇〇〇円
(6) その他雑費 二一、〇〇〇円
(7) 被告車修理代 一五、〇〇〇円
なお、自賠法の保険金は、三〇万円および後遺症として七五万円の合計一〇五万円である。
四、被告らの主張に対する原告らの答弁
(一) 前記(二)(三)の事実中、原告車の前輪ブレーキが故障しておりハンドルがやや短かかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。当時原告は進路前方約一〇〇メートルの地点に設置されていた信号機が赤色を現示していたためもあつて、前方を注視し、かつ徐行しながら進行していたものである。また原告車の後輪ブレーキには全く故障がなかつたので、自動二輪車の制動機能としてはさしたる欠陥がなかつたし、この程度のハンドルの短少は機能の障害ではなく、衝突後左転把できなかつたとしても、それは歩道の縁石に妨げられたものであつて、ハンドルの短少によるものではない。
(二) 前記(四)の事実中、(1)の中里医院入院費は四五二、三五〇円であつて、うち三〇万円はいわゆる保険金で補顛されたものである。(4)は認める。(2)(3)および(5)ないし(7)は不知。なお、被告ら主張のとおりの自賠法による保険を受領したことは認めるが、うち三〇万円は医院に支払われたものである。
五、証拠 〔略〕
理由
一、請求原因(一)の事実と被告会社が被告車を所有し、被告福田がその従業員であることは当事者間に争がなく、この事実によれば一応被告会社は原告森岡豊が本件事故により蒙つた受傷による損害につき、運行供用者としてこれが賠償責任を負担すべきところ、被告らは、被告福田の無過失および原告森岡豊の過失ならびに原告車の構造・機能上の欠陥障害の存在を主張するので、この点につき検討する。
〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。
本件事故現場の道路は、南方池上駅と北方大森方面に市街地を貫通し、両側に各三メートルの歩道を控え車道幅約九メートルのアスフアルト舗装の交通頻繁ながらみとおしのよい道路であり、該現場東側の歩道をへだてて、間口の広い通称堤方給油所が道路からの車両の出入が自由にできる状態にあるが、被告福田は被告車を運転して本件道路の西側部分(大森方面にむかつて道路左側部分)を北進し、堤方給油所で給油しようと考え北進車が疎であつたためたやすく道路中央辺によつたものの、池上駅方面にむかう対向(南進)車は数一〇〇メートルにわたつて概一列に連なり、車間距離をつめて停車と発進とを繰り返し、いわゆる交通渋滞状態を呈していたので、中心線に平行に停車し、対向車の通行が途切れるのを待つていたところ、対向車の一台が前車との車間距離をさらにつめ、その後続車が停止し、その前方に進入横断してもよい旨の合図をなし、約六メートルにわたつて開け、優に横断の余地が生じたので、被告福田は対向車列の東側部分(該車列と道路左側端との余地)の交通状況については、該車列に視界を遮ぎられて確認する由もなかつたが、低速度で発進しやや鈍角に右に折れ、停止車両の前部をすぎ、被告車の車頭が僅かに出た頃、左前方を見、約一〇メートルまで見渡せた範囲には前記東側部分に南進車がないことを看取した直後、南進中の原告車の右側方と自車前部とが衝突し、原告森岡豊がはねとばされたこと、他方同原告は前記東側部分の余地が一メートル余あり、該余地に先行車がなかつたところから、車幅約四〇センチメートルの原告車を運転して時速三〇キロメートル位で左側端から約六五センチメートルの地点を直進しつつも、前記車列およびその右側方ならびに右前方の交通状況については格別配慮していなかつたところ、横断中の被告車の車頭を二、三メートルに迫つて発見し、突嗟に後輪の制動をかけたが間に合わないで衝突したこと、同原告は衝突直前にいたつてはじめて、右側方の車列が中途断絶し、横断の余地を残していること、その前後の車両が停止していることに気付いたこと、本件現場附近の道路上で横断、転回する車両は比較的少ないこと、当時原告車の前輪ブレーキはワイヤーがなく作動せず、そのハンドルは同車種に比しやや短かかつたが、体を丸めて操把すれば疲労を少くできるものと考え、同原告において取り替えたものであること、二輪車の制動効果からすれば前輪の手動ブレーキは後輪ブレーキに比して附従的ではあるが急停車に際しては前輪ブレーキも制動効果上有意的であるばかりか、車体の安定につき重要であることは実験則上明らかであるから、原告車の前輪ブレーキの故障は本件事故発生(もしくは損害拡大)の一因をなすものと推認されるが、前記程度のハンドルの短少は、右の要因には該らないものと推認される。
右のとおり認められ、この認定に反する原告森岡豊・被告福田卓各本人尋問の結果は措信しない。
右の事実によれば、この場合被告福田は、前記東側部分には優に車両の南進の余地を存するところ、停止車列によつて視界が遮ぎられており、しかも自車は東方に分岐する道路等に進出するのではなく、路傍の店舗に入ろうとして横断するのであるから、前記余地を漫然南方に進来する車両のあることを予期すべく、徐行して横断を開始すると共に、警音器を吹鳴して該余地を南進する車両に注意を喚起すると共に停止車両の前面で停止し、左前方の交通の安全を確認したうえ、発進して横断を遂げるべきであるのに、これを怠つた過失があるというべく、他方原告森岡豊は、まず原告車の制動器の故障を修理したうえ、走行の用に供すべく、右側方の渋滞車列の動静に配意しながら徐行し、車列の断絶を早期に看取し、車両等の横断に備えて、充分減速して、断絶した空間の状況に特別の注意を払うべきであるのに、これらを怠つた過失が、本件事故の一要因をなすものというべきである。そして同原告と被告福田との過失の割合は、概ね六対四と推定するのが相当である。
二、賠償すべき損害額の算定
(1) 〔証拠略〕を総合すると、原告森岡豊は昭和二二年一二月一九日生まれの普通健康体の男子であつて、本件事故発生当時、訴外東京日野モーター大田営業所に三級整備士の資格を有する整備工として勤め、少くとも、月収一七、〇〇〇円を得ていたものであるところ、本件受傷加療のため、事故発生当日の昭和四〇年一〇月八日から昭和四一年三月二八日まで訴外医療法人厚生協力会に入院したが、右足壊死兼化膿創併発し、切断手術の必要を宣告されたため、切断を回避しようとして、同日から訴外大田病院に転医したものの、結局右足切断のやむなきに至り、半月後その手術をうけ、引き続き同院に同年八月三日まで入院したが、昭和四三年五月下旬に至つても、断端部の皮膚がむけており、駆足はもちろん歩行にも不便をきたすばかりか、就床時や入浴時には装着した義足を脱着せざるを得ず、多大の苦痛と不便とを覚えること、右入院期間中および退院後も昭和四一年末まで就労できなかつたが、この間いわゆる勤怠差として月額七、九〇〇円を控除されたのみで、残額は支給されたこと、昭和四二年一月から、前記勤先に復職したものの、従前の職種に従事できなくなつたので、世田谷営業所に移り事務職に転じ月額約一五、〇〇〇円を支給されることとなつたが、原告豊において該職種は自己にむかないと考えるに至つたこともあつて同年三月退職し、その後は定職につかず、現在は臨時に電気部品作り等の軽作業をなし、月収七~八、〇〇〇円を得ているにすぎないことが認められる。
右事実によれば、原告森岡豊は本件事故による受傷のため、少くとも(イ)従前の勤先を欠勤したため、少くともその主張の九四、八〇〇円以上の得べかりし収入を失つたものであることおよび(ロ)昭和四二年一月から三月の間につき合計約六千円の減収を余儀なくされ、同額の損害を蒙つたことは明らかである。そして(ハ)右同年四月以後昭和四三年五月末までは、毎月少くとも一万円の合計一四万円の得べかりし収入の減少を来たしたことも後遺障害の程度等から明らかに推定できるが、将来にわたる労働能力減少による収入減については問題である。もとより原告森岡豊の蒙つた後遺障害は抽象的労働能力の喪失率としてはかなり重大な程度であることは経験則に照らして推定できるが他方同原告自身、事故前の収入を基礎として一面具体的に主張立証するところ、その収入額は必ずしも多額ではなく、当裁判所に顕著な一般労働者の平均賃金を下廻わる数額であるから、後遺障害の制約を有するにせよ、少くとも数年後には、右収入額に達する程度の収入をあげうるものと推認し得べく、さすれば原告豊の主張も依拠する従来伝統の逸失利益の観念からは、右数年後については、逸失利益の存しない筋合である(尤も終生隻脚の不具者になつた点を慰藉料算定の事情として特別に考慮すべきことはいうまでもない)。そして前掲証拠を総合すると、(ニ)同原告は昭和四三年六月頃から概三年間にわたつて毎月約一万円の得べかりし利益を失つたものと推定するのが相当である。右(ロ)ないし(ニ)を年五分の割合による中間利息を控除して本件訴状送達の翌日である昭和四一年一二月一四日における現価に引き直せば、順次六千円、一四万円、三二万円(事柄の性質上、万円未満を切捨)の合計四六万六千円となる。
(2) 前記事実によれば、原告森岡豊が本件事故により将来にわたつて蒙るべき精神的苦痛の慰藉料としては、三〇〇万円とするのが相当である。
(3) 前掲証拠によれば、原告森岡きみは原告森岡豊の母であつて豊にも事故の原因行為があるとはいえ、前示のとおり子が重傷をうけ、片足を切断するのやむなきに至つたところ、加療中かねて病身の夫と死別したため、唯一の親として不具者となつた青年の豊に長く格別の配慮を要すべく、受傷後現在までおよび将来にわたつて原告きみが蒙るべき精神的苦痛は、必ずしも少しとしないが、原告豊の後遺障害は右足切断にとどまり、他に心身の障害を遺すことなく、歩行、就床時等に不便をのこすものの、介助を要することなく、概ね自力で日常生活をなし得、また就労等社会生活への復帰方も次第に順調であり、不利または多少の支障は予想されるけれども縁談、自立家庭の形成等に関しても、その将来を展望するに隻脚者としては比較的明かるいものと推定されるから、本件にあつては、直接の被害者である原告豊の損害賠償請求権のほかに、原告きみに近親者固有の慰藉料請求権を認めることはできないと解するのが相当である。
(4) 過失相殺および損害の顛補
被告らは、本件事故に関し種々の費目の支出をなした旨を主張するが、そのうち被告車修理代は慰藉料算定の一事情として考慮すべきことは格別、原告豊の蒙つた損害の顛補には関しないから、弁済の主張としては主張自体失当であり、中里医院入院治療費のうち四五二、三五〇円と義足代五万円とを支出したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告らが七〇万円以上の出捐(自賠法による保険金三〇万円を含む)をなしたことは認められるが、その費目・支払先・支払年月日等弁済の抗弁としての成否を判断するにたりる立証をしないから弁済の主張としては、右中里医院入院治療費四五二、三五〇円および義足代五万円の限度で採用するほかないところ、原告らは、これら治療関係費用については、本訴において請求しないばかりか、本件受傷の部位・程度のほか右金額等を併考すればこれら治療関係費用については、過失相殺の対象とするのは相当でないから、右入院治療費および義足代は、本訴における賠償すべき損害額の算定基礎としない。
原告豊が自賠法による保険金のうち後遺症分として七五万円の交付をうけたことは当事者間に争がないところ、右は原告豊が本訴で訴求する逸失利益および慰藉料に関するから、前記(1)(2)の合計三、五六〇、八〇〇円を前記過失の割合(概四割)に従つて斟酌した一、四二四、〇〇〇円からこれを控除すると、六七四、〇〇〇円となる。
三、よつて被告らは各自原告森岡豊に対し六七四、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四一年一二月一四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担することが明らかであるから、同原告の本訴請求は右の限度で正当として認容すべく、その余の請求ならびに原告森岡きみの請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 薦田茂正)